福岡高等裁判所 昭和62年(ネ)605号 判決 1990年2月27日
控訴人 忽那一郎
右訴訟代理人弁護士 井手豊継
被控訴人 吉田尚
被控訴人 吉田ネミ子
右両名訴訟代理人弁護士 谷本二郎
同 山田敦生
主文
一1 被控訴人吉田尚は控訴人に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月二七日から完済まで年一割五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の同被控訴人に対するその余の請求を棄却する。
二 原判決中被控訴人吉田ネミ子関係部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人吉田尚が昭和五四年一一月二九日被控訴人吉田ネミ子に対して別紙1の第一物件目録記載三の土地についてした財産分与を取り消す。
2 被控訴人吉田ネミ子は右土地について右財産分与を原因として福岡法務局西新出張所同年一二月一日受付第五六四四七号をもってされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3 控訴人の同被控訴人に対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用中、被控訴人吉田尚に対する当審での新訴に関して生じた分はすべて同被控訴人の負担とし、その余は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その一を被控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 (被控訴人吉田尚に対する訴え変更後の新請求の趣旨)
被控訴人吉田尚(以下「尚」という。)は控訴人に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月一七日から完済まで年一割五分の割合による金員を支払え。
2 原判決中被控訴人吉田ネミ子関係部分を取り消す。
3 被控訴人尚が昭和五四年一一月二九日同吉田ネミ子(以下「ネミ子」という。)に対して、別紙1の第一物件目録記載一ないし三の土地、建物(以下「本件土地建物」という。ただし、土地について個別に特定する必要があるときは「本件一の土地」、「本件三の土地」という。)についてした財産分与を取り消す。
4 被控訴人ネミ子は本件土地建物について右財産分与を原因として福岡法務局西新出張所同年一二月一日受付第五六四四七号をもってされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
5 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 控訴人の被控訴人尚に対する当審での新請求を棄却する。
2 控訴人の被控訴人ネミ子に対する控訴を棄却する。
3 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
第二 請求原因(控訴人)
一 控訴人の被控訴人尚に対する請求(当審での訴えの交換的変更後の新請求原因)
1 控訴人は昭和五三年一二月二〇日安河内隆夫(以下「安河内」という。)に対し、五〇〇〇万円を、利息及び遅延損害金の割合を各日歩一〇銭、弁済期日同五四年六月三〇日の約定で貸付ける旨約した。
2 被控訴人尚は同五三年一二月二〇日控訴人に対し安河内の右債務について連帯保証をすることを約した(以下「本件連帯保証」という。)。
3 控訴人は安河内に対し、右1の約旨に従い、同月二八日六〇〇万円、同五四年一月五日四四〇〇万円を貸し付けた(以下「本件貸金」という。)。
4 控訴人は安河内及び同被控訴人から以下のとおり弁済を受けた。
(一) 昭和五五年四月二一日三〇〇万円
(二) 同年五月二八日一〇〇万円
(三) 同五六年一〇月二九日六三〇万九五六四円(福岡地方裁判所昭和五五年(ケ)第一三四号不動産競売事件における配当金)
(四) 同五八年一二月二六日二五五二万九二四三円(福岡地方裁判所昭和五五年(ケ)第三九〇号不動産競売事件における配当金)
5 控訴人は安河内に対し、本件貸金のほか、
(一) 昭和五四年四月一六日二八〇万円を、利息及び遅延損害金の割合を各日歩一〇銭、弁済期日同月二六日の約定で貸し付け、
(二) 同月五日刀剣一振りを、代金六〇〇万円、弁済期日同年六月三〇日の約定で売り渡した。
6 右4の弁済金の充当関係は別紙2に記載のとおりである。
7 よって、控訴人は被控訴人尚に対し、本件連帯保証債務の履行として、その一部である三〇〇〇万円及びこれに対する弁済期経過後の同五八年一二月一七日から完済まで年一割五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 控訴人の被控訴人ネミ子に対する請求
1 被控訴人らはもと夫婦であったが、昭和五四年一〇月二六日協議離婚し、被控訴人尚は被控訴人ネミ子に対し同年一一月二九日被控訴人尚所有の本件土地建物を財産分与し(以下「本件財産分与」という。)これを原因として福岡法務局西新出張所同年一二月一日受付第五六四四七号をもって所有権移転登記をした。
2 被控訴人らは、真に離婚する意思はないのに、本件土地建物を同尚の債権者、特に控訴人から保全するために、離婚と財産分与を仮装したのである。
3 被控訴人尚は右財産分与当時、本件土地建物以外に、別紙1の第二物件目録記載一ないし四の土地建物(以下便宜「桜坂の土地建物」という。)及び同別紙の第三物件目録記載一、二の土地(以下便宜「下白水の土地」という。)を所有していた。
4 しかし、桜坂の土地建物及び下白水の土地には時価を遙かに上回る被担保債権額の抵当権が設定されていて、本件土地建物が同被控訴人の唯一の価値ある資産であった。
5 したがって本件財産分与は控訴人を害するものである。
6 被控訴人尚は右5の事実を知っていた。
7 よって、控訴人は被控訴人ネミ子に対し、本件財産分与の取消しと本件土地建物についてされた前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
第四 請求原因に対する認否(被控訴人ら)
一1 請求原因一の1の事実は不知。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は不知。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は不知。
6 同6の事実は争う。
二1 同二の1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実は否認する。
桜坂の土地建物に設定登記済の抵当権の被担保債権は、国民金融公庫分が二二〇万円程度、福岡県信用保証協会分は零であり、下白水の土地には控訴人の根抵当権以外何の担保権も設定されていなかった。
また、本件財産分与当時、被控訴人尚は時価一億五〇〇〇万円以上の古美術品四トン車二台分、金塊二キログラム(昭和五六年ころ約七〇〇万円で処分)、時価一五〇万円相当の一・二五カラットのダイヤ指輪一個、西日本相互銀行、久光製薬、明治製菓等の株式(昭和五六年ころ約四〇〇万円で処分)、ゴルフ会員権(昭和五七年ころ三〇〇万円で処分)、約三〇〇万円の預金、生命保険(昭和六〇年解約したが、その返戻金約三〇〇万円)の資産を有していた。したがって、本件土地建物が唯一の価値ある資産というのではなかった。
5 同5の事実は否認する。
6 同6の事実は否認する。
被控訴人尚は、控訴人に対し、桜坂の土地建物及び下白水の土地に対して設定登記済の控訴人の根抵当権が無効であるとして、その抹消登記手続請求訴訟(福岡地方裁判所昭和五五年(ワ)第四九七号)を追行していたし、安河内から同人が控訴人に根抵当権設定登記済の二筆の土地と三棟の建物の担保価値は一億円であると聞かされていたので、本件財産分与が控訴人を害するものであることを知り得なかった。
第五 抗弁(被控訴人ネミ子)
被控訴人ネミ子は本件財産分与が控訴人を害することを知らなかった。
第六 抗弁に対する認否(控訴人)
抗弁事実を否認する。
第七 証拠<省略>
理由
第一 控訴人の被控訴人尚に対する請求について
一 <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
1 被控訴人尚は、昭和三一年に設立したネオン、看板工事等を目的とする株式会社第一工芸社(以下「第一工芸社」という。昭和五四年五月倒産、その後解散登記。)の代表取締役であったが、先祖伝来の刀剣等の骨董品を受け継ぎ、自らも興味をもって骨董品を蒐集しており、時には骨董市場に出入りしていた。
安河内は、福岡市中央区所在のビルの一室の自宅兼事務所で古美術商を営み、骨董市場に出入りしていたが、昭和五二年一一月ころ古美術の競り市で被控訴人尚と知り合った。
以来、両名は骨董品の売買やその斡旋を通じて急速に親密さを増し、同被控訴人は安河内に現金や第一工芸社振出の約束手形で営業資金を融通するようになった。安河内は、右手形の満期間近になると決済資金を持参し、又、常々自分の実家は地主の旧家で一億円位の資産があり、二〇〇〇ないし三〇〇〇万円の金はすぐにでも集まると話していたので、同被控訴人の信頼を急速に獲得し、両名は家族ぐるみの付き合いをしながら、相互に自宅や事務所を訪問し、安河内は被控訴人夫婦を「お父さん、お母さん」と呼ぶ程親密な仲に発展していった。
2 安河内は、昭和五三年五、六月ころから、買主には掛売りをし、売主には現金を立て替えて払う掛売市場としての骨董品市場を主宰しようと考え、これに要する多額の資金の提供者を捜していたところ、同年一一月ころ、古美術商仲間の外林国衛(以下「外林」という。)やその知人の山崎英俊から金融業者の控訴人の紹介を受けた。そして同人から融資の条件として担保の提供を要求されたので、安河内は被控訴人尚に前記計画を打ち明け、同市場を開設するには五〇〇〇万円の資金を必要とするが、毎月六〇〇万円の利益があがること、右資金はつなぎ融資として控訴人から借受けるが、年明け早々に銀行に借り替えるつもりであること、ついては暫時同被控訴人所有の桜坂の土地建物、下白水の土地を担保として提供してもらいたいこと、そうすれば毎月三〇万円宛の礼金を支払うつもりであること等を述べて、同被控訴人の協力を懇請し、その承諾を得た。
3 控訴人は、安河内夫婦に案内されて同年一二月一七、一八日、桜坂の土地建物、下白水の土地を検分した後安河内宅で被控訴人尚に会い、同人の担保提供意思の確認をしたうえ、返済期日を同五四年六月三〇日として五〇〇〇万円を安河内に融資することを決したが、その際、同被控訴人に対し、安河内の連帯保証人になり、かつ、第一工芸社振出の約束手形を交付すること、右担保権設定の登記申請手続は同五四年一月にすることを求め、その承諾を得た。
4 同五三年一二月二〇日頃、安河内の妻鈴子と安河内の使用人新谷重次(以下「新谷」という。)は、安河内の指示を受けて第一工芸社へ赴き、被控訴人尚に対して、金額欄に五〇〇〇万円、返済期日欄に昭和五四年六月三〇日、利息及び損害金欄に各日歩一〇銭、借主欄に安河内隆夫、貸主欄に控訴人名を各記載して予め準備していた金銭借用証書の連帯保証人欄への同被控訴人の署名押印と第一工芸社振出の額面五〇〇〇万円の約束手形の交付を求めた。そして新谷は、同事務所において同被控訴人の依頼を受けてその著名を代行したが、同名下の押印は同被控訴人がした。こうして、新谷は同被控訴人から、作成日白地の右金銭借用証書(<証拠>)と第一工芸社振出、額面五〇〇〇万円、満期同五四年六月三〇日、振出日白地の約束手形(<証拠>)を受領した(この認定に反し、被控訴人尚が右約束手形を振出したのは、同五四年一月四日であるとの<証拠>の記載部分及び原審(第一、二回)・当審における被控訴人尚の供述部分並びにこれに沿うかのような<証拠>の記載部分並びに<証拠>が偽造されたものである旨の原審証人岡信一郎の供述部分は、<証拠>がいずれも被控訴人尚の作成にかかるものであってその正確性を担保するものに乏しく、右証人岡信一郎の供述部分は確たる根拠に欠けていること及び<証拠>に照らして、いずれも信用し難い。)。
5 同月二一日被控訴人尚と新谷は、同被控訴人の十数年来の知己である田中治人司法書士事務所を訪れ、同事務所事務員岩田シズヨ(以下「岩田」という。)に対し、同被控訴人所有の桜坂の土地建物及び下白水の土地並びに安河内所有の土地建物等を共同抵当に入れたいとして、具備すべき必要書類等について相談した。この時、同被控訴人は、桜坂の土地建物の登記済権利証は見当たらないので保証書で登記してもらいたいこと、下白水の土地の登記済権利証は探せばあると思われるので後日連絡するといった。
6 これよりさき、同年一〇月、安河内は、関準一こと橋本秀次(以下「橋本」という。)から一五〇〇万円を借り受けたが、その際、被控訴人尚は安河内の頼みをいれて、一、二か月の間、同被控訴人所有の下白水の土地を担保に提供することを承諾し、同月一八日右担保の目的で関準一名義に所有権移転登記を了した。そして同年一二月二四日、控訴人、被控訴人尚及び橋本は、安河内から飲食の接待を受けた際、控訴人が安河内に対し前記五〇〇〇万円の貸金を実行する時に関準一名義の右所有権移転登記の抹消登記手続をすることを話し合った。
7 その後同月二八日までの間に、被控訴人尚は前記田中司法書士事務所を訪れ、岩田に同被控訴人の実印を預けた(この認定に反し、このころ同被控訴人が右事務所を訪れたことはなく、実印を預けたのも岩田ではなく安河内に対してであり、しかもその時期は翌年一月四日であるとの<証拠>の記載部分及び原審(第一、二回)・当審における同被控訴人の供述部分並びにこれに沿うかのような<証拠>の記載部分は、前記のとおり<証拠>が同被控訴人作成にかかるものであってその正確性を担保するものに乏しく、かつ、<証拠>に照らして信用し難い。)。
8 同五三年一二月二八日、控訴人は安河内に対し六〇〇万円を貸付けた。それは、粕屋郡粕屋町所在の安河内所有の土地建物、同人の母安河内フジイ(以下「フジイ」という。)所有の土地建物等に、債務者を安河内とし、債権者を趙貴順としてされていた根抵当権設定登記、停止条件付貸借権仮登記、条件付所有権移転仮登記の各移転を受ける約定のもとになされたものであり、右金額は趙貴順に対する残債務に相当するものであった。
9 明けて翌五四年一月五日、控訴人、安河内、新谷、橋本らは、控訴人のために桜坂の土地建物及び下白水の土地について抵当権設定登記申請等をするべく、前記田中司法書士事務所を訪れたが、被控訴人尚は来なかった。安河内は、予め同被控訴人から預かっていた同人の印鑑登録証を使用してその印鑑登録証明書の交付を受けて持参した。
(一) 安河内は、後刻一〇〇〇万円を借り増しする腹づもりのもとに急遽、五〇〇〇万円の抵当権ではなく、極度額を六〇〇〇万円とする根抵当権の設定を希望し、同事務所から岩田と新谷がこもごも被控訴人尚に対して電話でその旨を話して承諾を得たので、控訴人もこれを承諾した。
(二) そこで、岩田は、同人が前年暮に預かっていた同被控訴人の実印を使用して、桜坂の土地建物及び下白水の土地についての根抵当権設定登記用の昭和五三年一二月二一日付の根抵当権設定契約証書(<証拠>)及び同根抵当権設定登記用の右同日付の委任状(<証拠>)を作成した。
(三) 右根抵当権設定契約証書には、「極度額を六〇〇〇万円とすること、被担保債権の範囲を金銭消費貸借、民法三九八条の二第三項による手形、小切手上の債権とすること、債務者を安河内隆夫とすること(第一条)、根抵当権設定者は、この根抵当権の被担保債務について極度額を限度として保証人となり、債務者が別に差し入れた取引約定書の各条項を承認のうえ、債務者と連帯して債務履行の責めを負うこと(第一一条一項)」等が記載され、債務者欄に安河内隆夫、根抵当権設定者兼連帯保証人欄に吉田尚の記名押印がされた。
(四) 岩田は、同時に前記下白水の土地についての関準一名義の所有権移転登記の抹消登記申請用の書類と、安河内及びフジイ所有の前記各不動産に対する債権者を趙貴順とする根抵当権設定登記、停止条件付貸借権仮登記、条件付所有権移転仮登記について控訴人への各権利移転の付記登記申請用の書類等を作成した。
(五) 以上の登記申請書類を完成後、安河内は控訴人から、四四〇〇万円の内一五〇万円を前払利息(貸金元本五〇〇〇万円に対する日歩一〇銭の割合による三〇日分と推定される。)として天引きされ一五〇〇万円が橋本に対する借金返済として支払われた残り二七五〇万円を受け取った。
(六) 新谷は被控訴人尚から受領していた前記金銭借用証書の作成日欄に昭和五四年一月五日と記載し、安河内は第一工芸社振出の五〇〇〇万円の前記約束手形の第一裏書人欄に自己の記名押印をして、それぞれ控訴人に交付した。
10 控訴人は同月五日、前記安河内及びフジイ所有の各不動産に対する債権者を趙貴順とする根抵当権設定登記、停止条件付貸借権仮登記、条件付所有権移転仮登記について、自己への各権利移転の付記登記を申請した。
11 被控訴人夫婦の発案で、被控訴人夫婦、控訴人、安河内夫婦、フジイ、新谷らは、同日深夜から翌六日未明にかけて、太宰府、久留米の成田不動に参詣し、食事を共にしたりした。
12 岩田は、桜坂の土地建物については、同月八日保証書でもって、下白水の土地についても、結局権利証が見つからなかったため保証書でもって、同月一七日関準一名義の前記所有権移転登記の抹消登記と共に、控訴人のために各根抵当権設定登記(以下同登記にかかる根抵当権を「本件根抵当権」という。)を申請した。
13 被控訴人尚は同月五日から三ないし五日後に前記田中司法書士事務所を訪れ、岩田から実印の返還を受けた(この認定に反し、同被控訴人が実印の返還を受けたのは同月八日安河内からであるとの<証拠>の記載部分、原審(第一、二回)・当審における同被控訴人の供述部分並びにこれに沿うかのような原審証人松並敏次の供述部分及び<証拠>の記載部分は、前記のとおり<証拠>が同被控訴人作成にかかるものであってその正確性を担保するものに乏しく、かつ、<証拠>に照らして信用し難い。)。
14 控訴人は、下白水の土地について本件根抵当権に基づき同五四年一〇月一八日任意競買(福岡地方裁判所同年(ケ)第三九〇号)を申立てたところ、被控訴人尚から、同根抵当権を設定したことはないとの主張のもとに同五五年第三者異議事件を提訴された(同庁同五五年(ワ)第四九七号)。
同事件では、同五六年六月二九日本件根抵当権の有効なことが認定されて同被控訴人敗訴の判決が言い渡され、控訴、上告を経て同五八年一〇月六日右判決は確定した。
以上の事実が認められ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
二 以上認定の事実によれば、根抵当権設定契約証書(<証拠>)及び金銭借用証書(<証拠>)の安河内作成名義部分の成立が認められるのはもとより、被控訴人尚作成名義部分がいずれも同被控訴人の意思に基づいて作成されたものと認められるから、同部分の成立を肯認することができる。
そして、右<証拠>に、一認定の事実を合わせれば、請求原因一の1ないし3の事実(本件貸金と本件連帯保証)を認めることができる。
三 昭和五四年一月五日本件貸金の一部一五〇万円が前払利息として天引きされていることは前記一の9の(五)に認定のとおりであり、請求原因一の4の事実は当事者間に争いがなく、同5については、これを認めるに足りる証拠がない。
四 弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件貸金の利息及び遅延損害金の各割合を利息制限法の範囲内の年一割五分の割合(円未満切り捨て。)とし、利息の起算日を昭和五四年一月六日として計算し、弁済分はすべて控除して請求する趣旨と認られるので、それに則って充当関係を法定充当の方法で計算すると、以下のとおりとなる。
1 昭和五四年一月五日前払利息として天引きされている一五〇万円は、同金額に照らして貸金元本五〇〇〇万円に対する日歩一〇銭の割合による同月六日から同年二月四日までの三〇日分と推定されるから、利息制限法による制限利率年一割五分の割合による利息五九万七九四五円(計算式は、四八五〇万円×〇・一五÷三六五×三〇、以下括弧内は計算式)を九〇万二〇五五円超過するので、これを貸金元本の弁済に充当されたものとすると、残元本は四九〇九万七九四五円となる。
2 同五五年四月二一日支払の三〇〇万円は、右四九〇九万七九四五円に対する同五四年二月五日から同五五年(うるう年)四月二一日までの一年と七七日間の利息及び遅延損害金八九一万四〇九四円{四九〇九万七九四五円×〇・一五×(一+七七÷三六六)}に先ず充当されるから、右残元本四九〇九万七九四五円と遅延損害金五九一万四〇九四円がなお残ることになる。
3 同五五年五月二八日支払の一〇〇万円は、右遅延損害金五九一万四〇九四円に充当されるので、残元本四九〇九万七九四五円と遅延損害金四九一万四〇九四円のほか、同年四月二二日から同年五月二八日までの三七日間の遅延損害金七四万四五一八円(四九〇九万七九四五円×〇・一五÷三六六×三七)がなお残ることになる。
4 同五六年一〇月二九日支払の六三〇万九五六四円は、右3の遅延損害金計五六五万八六一二円に先ず充当され、残りの六五万〇九五二円が同五五年五月二九日から同五六年一〇月二九日までの一年と一五四日間の遅延損害金一〇四七万一九八六円{四九〇九万七九四五円×〇・一五×(一+一五四÷三六五)}に充当されるから、遅延損害金九八二万一〇三四円が残ることになる。
5 同五八年一二月二六日支払の二五五二万九二四三円は、右4の遅延損害金残九八二万一〇三四円に先ず充当され、残りの一五七〇万八二〇九円が、同五六年一〇月三〇日から同五八年一二月二六日までの二年と五八日間の遅延損害金一五八九万九六六三円{四九〇九万七九四五円×〇・一五×(二+五八÷三六五)}に充当されるから、同五八年一二月二六日現在で元本四九〇九万七九四五円と遅延損害金一九万一四五四円、以上計四九二八万九三九九円が残ることになる。
五 以上によれば、控訴人の被控訴人尚に対する当審での新請求は、右残元本の一部である三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月二七日から完済まで年一割五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
第二 控訴人の被控訴人ネミ子に対する請求について
一 請求原因二の1及び3の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。
二 前記第一認定の事実によれば、控訴人は、昭和五四年一一月二九日の本件財産分与当時、被控訴人尚に対し、四九〇九万七九四五円及びこれに対する同五四年二月五日から完済まで年一割五分の割合による金員支払請求権{同年一一月二九日現在で、右残元本に同日までの二九八日間の利息、遅延損害金六〇一万二八一六円(四九〇九万七九四五円×〇・一五×二九八÷三六五)を加えて合計五五一一万〇七六一円}を有することとなる。
三 そこで、控訴人の被控訴人ネミ子に対する請求について判断するに、離婚に伴う財産分与は、主として、夫婦が婚姻中に有していた共同財産を精算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することは妨げられないものというべきであるところ、かかる財産分与も、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情の存する場合は詐害行為として取消しの対象となりうるものである。そこで、本件における右特段の事情の有無について検討する。
四 被控訴人尚の本件財産分与(昭和五四年一一月二九日)当時の財産
1 <証拠>によれば、本件財産分与当時、桜坂の土地建物には、控訴人の本件根抵当権以外に国民金融公庫のために債権額五〇〇万円と四〇〇万円の抵当権(別紙1、第二物件目録記載三の土地については債権額四〇〇万円のそれのみ)が、福岡県信用保証協会のために極度額四八〇万円の根抵当権が設定されていたが、弁論の全趣旨及び<証拠>によれば、桜坂の土地建物について残存していた国民金融公庫の債権は約三八六万円であり、福岡県信用保証協会の債権は無かったものと認められる。
2 <証拠>によれば、請求原因に対する被控訴人らの認否二の4の第三文の主張に一部沿うかの如くである。
しかしながら、<証拠>の記載の美術品等を被控訴人尚が本件財産分与当時現に所有していたこと、その換価可能性を含む資産的価値如何については、当審における被控訴人尚本人の供述のみによりこれを肯認するのは困難であり、他にこれを裏付けるに足りる証拠もないので、結局右主張を認めるに由ない。
五 本件財産分与を巡る諸事情
前記認定の事実に、<証拠>を合わせれば、以下の事実が認められる。
1 被控訴人尚(大正四年七月一日生まれ)は、昭和一六年二月赤司豊子と婚姻し、同二六年八月長男龍平をもうけたが、同二七、八年ころから被控訴人ネミ子と同棲生活を始め、同三二年一一月龍平の親権者を豊子と定め、財産分与として、久留米市所在の土地約一〇〇坪と同地上の建物を豊子に提供して協議離婚し、同三三年五月二四日被控訴人ネミ子との婚姻届を出した。
2 被控訴人尚は、昭和三一年始めにそれまで勤めていた会社を退職し、ネオン、看板工事を営業内容とする広告店を始めたが、同三一年一〇月二三日、これを法人組織として、第一工芸社を設立し、同尚がその代表取締役に就任した。被控訴人ネミ子は、繁忙時や、事務員が休んだ時、来客がある時などには事務所に出て、電話の取次、書類の作成、得意先の接待等をして手伝った。なお、同被控訴人は同四二年一一月第一工芸社の監査役に就任し、以後重任してきたが、同五四年四月二八日辞任した。
3 被控訴人尚は、同三一年二月二三日売買により桜坂の土地を取得し、同年五月一九日ころ桜坂の建物を建築し、同三九年四月二〇日売買により本件土地を取得し、同四一年六月二二日本件建物を建築して、被控訴人夫婦の自宅として居住を開始し、同四一年一〇月一〇日売買により下白水の土地を取得した。
4 被控訴人尚は第一工芸社が安河内に手形を融通していたことの一切を被控訴人ネミ子には秘していた。同五四年二月当時で、その未決済手形の額面合計は約七〇〇〇ないし八〇〇〇万円であった。第一工芸社は同年四月一八日初回の、翌五月二〇日二回目の手形不渡りをだして倒産し、同月三一日解散した。当時の第一工芸社振出の安河内宛融通手形の額面合計は約一億五〇〇〇万円であった。
5 第一工芸社の倒産とその理由を知った被控訴人ネミ子は半狂乱状態になって同尚を責め、家出をして離婚を考え、一方同尚も多数の債権者から逃れて約三か月間外林宅にかくまわれたりした。そして被控訴人らは右倒産の事後処理を巡って控訴人夫婦や外林と協議し、第一工芸社の手形債権者である暴力団関係者からの債権取り立ての追求を避けるため、他方、控訴人と外林としては自己の債権を保全する思惑もあって、被控訴人尚の個人財産を確保すべく、本件土地建物については、同年五月一一日権利者を外林とする所有権移転請求権仮登記を、次いで同月一九日右仮登記に基づく所有権移転本登記を、桜坂の土地建物については同日、下白水の土地については同月二一日、いずれも控訴人名義に、それぞれ所有権移転登記を了した。
6 被控訴人らは右倒産を直接の原因として同年一〇月二六日協議離婚をした。
そして被控訴人尚は同年一一月初旬本件建物を退去し、同月二九日被控訴人ネミ子に対して本件土地建物を離婚に伴う慰謝料を含む趣旨で財産分与(以下「本件財産分与」という。)し、これを原因として福岡法務局西新出張所同年一二月一日受付第五六四四七号をもって所有権移転登記を了した。外林は、被控訴人尚から二〇〇万円の支払を受けたということで、同日錯誤を原因として本件土地建物についての前記所有権移転請求権仮登記と所有権移転登記の各抹消登記を了した。
なお、昭和五四年一二月一日現在の本件土地建物の時価は合わせて約五五〇〇万円であった。
これよりさき、被控訴人らは、本件土地のうち本件建物の敷地部分(分筆後の本件一の土地)を除いた一八九・六五平方メートル(分筆後の本件三の土地)を処分して債務の弁済に充てるつもりで、外林の協力を得て分筆し、同年一〇月二七日その登記を了した。
7 外林は安河内を控訴人に紹介した関係上、控訴人の本件貸金の回収のために協力し、控訴人夫婦や被控訴人尚と協議し、本件土地建物を担保に入れて福岡相互銀行呉服町支店から五〇〇〇万円の金員借入を画策したこともあった。
しかし、右融資が得られなかったことから、控訴人は外林を介しての債権回収に不安を持ち、同年一一月三〇日外林を債務者に、詐害行為取消による抹消登記請求権を被保全権利とし、福岡地方裁判所に対し(分筆前の)本件土地建物の処分禁止の仮処分申請をし、同年一二月三日その旨の仮処分決定を得たが、同物件については前記のとおり同年一二月一日付で外林の所有権移転登記が抹消され、被控訴人ネミ子に所有権移転登記がされていたので、右決定は効を奏しなかった。
そこで、控訴人は、新たに同被控訴人を債務者に、福岡地方裁判所に対し本件土地建物の処分禁止の仮処分申請をし、本件一の土地及び本件建物については同年一二月一九日同裁判所の仮処分決定を得て同月二〇日その登記がされ、本件三の土地については同五五年一月二三日同裁判所の仮処分決定を得て同月二五日その登記がされた。
六 詐害行為の成否
1 前記認定の事実のほか<証拠>によれば、被控訴人尚は、昭和五四年一一月二九日の本件財産分与当時、控訴人に対して五五一一万〇七六一円の連帯保証債務を負担し、積極財産として本件土地建物のほか桜坂の土地建物及び下白水の土地を有していたこと、当時、桜坂の土地建物には本件根抵当権より先順位の国民金融公庫の抵当権の被担保債権が約三八六万円存在していたこと、桜坂の土地建物についての福岡地方裁判所昭和五五年(ケ)第一三四号不動産競売事件における売却代金(同五六年一〇月頃)は一〇五〇万円、下白水の土地についての同裁判所の昭和五四年(ケ)第三九〇号事件における売却代金(同五八年一二月頃)は約二六〇〇万円であったことが認められることからすると、本件財産分与当時、桜坂の土地建物、下白水の土地のみでは控訴人の右債務を弁済することはできず、したがって、本件財産分与によって被控訴人尚の債務超過は増大し、控訴人を害することが明らかであり、かつ、同被控訴人は右詐害の事実を知ったうえで本件財産分与をしたものと推認することができる。
2 被控訴人ネミ子は本件財産分与が控訴人を害することを知らなかったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
3 しかして、被控訴人らの婚姻期間は事実上の夫婦であった時期を合わせると約二七年間であったこと、被控訴人らの離婚原因は被控訴人尚の本件連帯保証債務の負担等財産管理行為の杜撰さに起因すること、本件土地建物は、桜坂の土地建物、下白水の土地とともに、被控訴人尚の所有名義になっていたものの、いずれも被控訴人ネミ子と事実上の夫婦になった後に取得したもので、その取得は同被控訴人の寄与なくして考えられないことであり、したがって、潜在的、実質的には同被控訴人の共有持分を除外して考えることはできない筋合であること、本件土地建物は昭和四一年六月以降被控訴人夫婦の生活の本拠であって、被控訴人ネミ子にとっては現在もそうであること、被控訴人ネミ子は、本件財産分与当時既に四九才を超えており、爾後の生活設計の再構築は容易ではないと考えられること、本件連帯保証債務は、被控訴人尚が被控訴人ネミ子には内緒で安河内に肩入れしすぎて発生したものであって、本件土地建物の維持とは無関係であること、本件連帯保証債務の弁済のために本件根抵当権が実行され、桜坂の土地建物、下白水の土地が失われ、それによる控訴人への実質上の配当額は約三一六〇万円に上ること等の事情を考慮し、他方、<証拠>によれば、本件財産分与当時、一平方メートル当たりの時価は本件建物の敷地部分が五万九八五〇円、その余の更地部分が六万一七四〇円であり、本件建物の時価が約三一一万円であったことが認められるから、本件建物の敷地となっている分筆直後の本件一の土地の時価は約三九八一万円、更地となっている本件三の土地のそれは約一一七〇万円、本件一の土地と本件建物の合計は約四二九二万円であったと推認することができること、被控訴人らが本件三の土地を分筆したのは、同地を処分して債務の弁済に充てることを予定してのことであったこと、その他の事情を勘案すれば、本件財産分与は、その全部が民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りる特段の事情が存するというのは困難であるが、その一部である本件三の土地については右特段の事情が存するというべきである。
七 したがって、控訴人の被控訴人ネミ子に対する請求は、本件三の土地についてした財産分与を取り消し、右土地について右財産分与を原因として福岡法務局西新出張所同年一二月一日受付第五六四四七号をもってされた所有権移転登記の抹消登記手続を命ずる限りで正当として認容し、その余は失当として棄却を免れない。
第三 結論
よって、控訴人の被控訴人尚に対する関係では、同被控訴人に対する当審での新請求を、前記第一の五の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、控訴人の被控訴人ネミ子に対する関係では、第二の六の趣旨と結論を一部異にする原判決を右趣旨に従って変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤安弘 裁判官 簑田孝行 裁判官 谷水央は転補のため署名、捺印することができない。裁判長裁判官 佐藤安弘)